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一般参加から北京へ新星!藤原新

17日、都庁前スタート、東京ビッグサイトゴールの42・195キロで行われた「東京マラソン」で、超新星が北京に名乗りを上げた。

北京五輪の選考会として行われた男子は、一般参加の藤原新=あらた=(26=JR東日本)が自己ベストを29分57秒も更新する2時間8分40秒で2位。

日本人最上位に入り、代表の有力候補に浮上した。

昨夏の大阪世界選手権銅メダリスト、ビクトル・ロスリン(33=スイス)が2時間7分23秒の大会新記録で優勝した。

都心を駆け抜けて、ニューヒーローが最後の直線に姿を見せた。

両手を広げてゴールに飛び込んだ藤原だったが、足元がふらつき、そのまま前方にダイブした。

死力を尽くした2時間8分40秒。

「レース前から北京五輪のことは意識していたけど、ゴールしても実感がわかない。不思議な気分です」。

無名の男が北京五輪代表に急浮上した。

見慣れない緑のユニホーム。

一般参加を意味する「183」の3ケタのゼッケン。

実業団でも名を知られていないJR東日本所属の26歳が、アテネ五輪6位の諏訪ら国内有力選手を蹴散らした。

先頭集団の後方で息を潜め、32キロすぎのロスリン、ギタヒとの争いにも食らいついた。

38キロから右ふくらはぎがけいれんするアクシデントに見舞われたが「(歩幅を狭くする)ピッチ走法に切り替えてペースを落とした」と冷静に対応。

ロスリンに突き放されたものの、腹痛と両足のマメに苦しんだ07年びわ湖毎日の2時間38分37秒(85位)から、自己ベストを29分57秒も縮めた。

快走を後押ししたのは飽くなき向上心だ。

パソコンを開いては、海外のサイトでトレーニング法、サプリメントの摂取法などが書かれた英語の文献を読みふける。

日々の練習だけでなく、勉強も欠かさなかったが、マラソン選手では珍しい一面も持つ。

ビール好きで「練習で酒くさかったこともあります」と打越コーチは苦笑いするほど。

JR東日本入社後の現場研修では「指さし確認が得意だった」と話す独特なキャラクターの男だ。

北京五輪代表は、最後の選考レースの3月2日のびわ湖毎日の結果次第だが、藤原は既に気合十分。

「実業団に入って競技する限り、五輪を目指すのは当然。選んでくれたらうれしいし、選ばれたら頑張りたい」。

夢の切符が届くことを信じて、ニューヒーローは走り続ける。


◆藤原新アラカルト
★出身、サイズ 1981年(昭56)9月12日、長崎県西彼杵(にしそのぎ)郡(現諫早市)生まれの26歳。1メートル67、54キロ。
★競技歴 琴海中から陸上を始める。諫早高、拓大に進学し、箱根駅伝は1年時に1区10位、3年時に4区4位。
★自己ベスト 五千メートルは13分41秒35、一万メートルは28分52秒84。ハーフマラソンは1時間2分17秒。
持者のゲブレシラシエ(エチオピア)。理由は「速いし、哲学を持っているから」。
★天才肌 東京マラソンの調整期間は元日のニューイヤー駅伝後の約1カ月半と短期。「短期集中でやった方がいい天才肌」と打越コーチ。
★JR東日本 04年に入社したJR東日本では総務部総務課に籍を置く。入社後の研修では鉄道の現場を体感し、指さし確認を経験。「好きな乗り物は新幹線」。



2月17日(日)15:56 | トラックバック(0) | コメント(0) | スポーツ | 管理

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